「なんなのよカヲル。こんな路地裏に呼び出して」
「シッ!マキ、声が大きい」
「ビールケースの影に隠れて、なにしてんのよ」
「こっちに来て。早く」
「ちょと、キョロキョロして、どうしたのよ」
「シッ!…つけられてないよね」
「誰がつけてくるってのよ」
「大丈夫みたいだね…こっちこっち」
「ん?ここって…中華料理屋?」
「そう、中国飯店『夜来香』だよ」
「夜来香でイエライシャンか…しかしメチャメチャ趣のある外観じゃない、この店」
「いいでしょ。やっぱり中華屋の店構えっていうのは、こういう非日常が大事だと思うんだ」
「そういうもんかな」
「店の前に立つだけでウキウキやワクワク、そこにドキドキやソワソワが加わり、さらにルンルンやキュンキュンが交差して、もう…キュンです♡」
「さっきからなに言ってるのよ」
「ジャ~ン!この内装もイイでしょ?香港のゴールデン・ハーベストの全盛期もかくやという非日常が眼前に…あ、その辺に座っちゃって」
「アンタん家じゃないでしょ。で、なんの用なのよ」
「マキに見て貰いたいモノがあるんだ」
「どう?このパケ」
「パケ?なに?この小さなチャック付きビニール袋に入った物は…ステッカー?『自賠責』って書いてあるけど」
「このワンパケで14200円もするんだよ。スゴいでしょ」
「14200円…」
「あまりの高額にビビっちゃった?タジロイちゃった?うん、うん、無理もないよ。このワンパケで14200円だなんて」
「高いもなにも、自賠責がよく分かんないから。興味もないし。なに?これってバイクの?」
「フフフ…5年物だから。このパケ」
「そのパケって言いかた止めた方がいいよ、なんだか印象よくないから。『警察24時』とかでよく耳にする単語のような」
「ペロッ…これは上物だよ」
「汚いな~」
「あそこの二人も、きっと机の下でパケのやり取りを」
「平和に食事してる善良なご夫婦だから」
「それじゃあ、自賠責ステッカーを貼り替えるよ」
「大丈夫?アンタ以外と不器用だし」
「心配ご無用。まずこうやって古いステッカーをめくって…こうしてゆっくりと絞りながら…」
「その調子。慎重に剥がして」
「じわじわと絞っていく…」
「剥がしていくね」
「親指で数字を隠しながら…」
「数字を隠す必要ないから」
「なんたってめくる時の絞りが一番の醍醐味だなんていう…」
「バカラじゃないから!! なんなのよ絞りって怪しい言葉は。あんま日常使いできないようなヤツ!」
「ペタッと。これでよし」
「綺麗に貼れたじゃん。令和10年の4月までが期限で5年物か…うん、緑色もいいじゃない」
「そうだね~。新緑の葉っぱ色でイイ感じ」
「葉っぱサイコ~‼ ガンギマリ~!」
「葉っぱって単語の後にガンギマリとか言わない!なんか印象よくないよ。よくわかんないけど」
「あ、マキ、餃子が来たよ。来了来了」
「それ中国語?『いらっしゃい』って感じ?」
「ハフハフ…アチアチ…餃子、激ウマだよ!! マキも早く口に、放りこんじゃって!」
「ちょっと待って…ハフハフ…うん、中からお汁ジュワ~系で、この後の予定なんか知ったこっちゃないニンニクの効かせっぷりも、潔くてイイわね」
「オススメの麻婆麺もどうぞ。ボナペティ~」
「召し上がれね。今度はなんでフランス語なのよ」
「ズルズル…モグモグ…花椒がしっかり効いたシビカラで、本格的な四川麻婆じゃん。うん、美味しい!」
「ぞうだよねぇごのびりびりがざいごぅ」
「痺れすぎでしょ」
「ふ~、ごちそうさま」
「美味しかった~。お腹パンパン」
「『夜来香』か。ちょっと初見で入るには勇気がいるけど、とっても雰囲気あるお店だったよ。アンタの言う非日常っていうの?ちょっとわかった気もするな」
「でしょ~。世の中にある面白いことの大半は、非日常で出来てるから」
「フフフ、そうかもね」
「そういえばカヲル。さっきの自賠責のくだりはなんだったのよ」
「プププ、ドキドキした?」
「しないわよ。あんな茶番」
「面白かったでしょ。なんたって」
「バイクと非日常も相性いいからさ~」
「やっぱよくわかんないわ」