「カヲルさぁ、アンタってそば好きじゃん」
「そば好き…ていうか、そば通って呼んで貰いたいな。エヘン。おそばにはちょっと、うるさいから」
「なんでもいいけど、そばってさ "冷たい" のと "温かい" のってあるじゃん」
「"もり" とか "かけ" とかあるよね」
「そば通とかってさ、ぜったい冷たいのを食べろっていうじゃん?それで最初は何もつけずそばの香りを楽しめだの、水につけろだの、塩振って食べろだの…あーもー面倒くさい!」
「わかるわかる。寒い時はフ~フ~して、温かいおそばを食べればいいじゃんね~」
「ん?自称そば通のアンタは、冷たいそば派じゃないの?」
「冷たい派の人たちはホントに美味しい温かおそばと、残念ながらまだ出会えてないんだな~」
「へー、言うじゃん。じゃあさ、その美味しい温かいそばってのを教えてよ」
「いいよ。メチャ参考になるからメモしてよね。あ、お礼なんていいからね。ホント。でも私の帰りのカバンにはまだ若干の余裕があります」
「林家こん平かい。ところで、アンタが一番好きなそばって確か…」
「前に話したよね、マキ」
「富士そばの『コロッケそば』だって」
「アンタに訊いて大丈夫かなァ…」
・激アツそば
「それではまず初めに紹介したいおそばは、熱々フーフーで冬の寒さなんか吹き飛ばしちゃう…」
「『とうじそば』だよ!」
「とうじそば?ふーん、見た感じフツーの冷たいそばっぽいけど」
「マキ…」
「近くでお鍋、グラグラ煮立ってますから‼」
「ホントだ。ちょ、なんなのよ…熱っ!! そばを食べに来たんだけど…熱っ!!」
「お待たせしました、この打ちたてピカピカのおそばを、この "とうじかご" にこうやって…こう入れて…」
「とうじかごっていうんだ、これ」
「そばチャージ完了!全速前進!」
「趣ないな」
「ささ、煮えくり返る熱々の鍋の中に、おもむろにおそばを投じてくださいませ」
「なるほど、そばを ”投じる" で "とうじそば" ってワケだ」
「そばが温まる僅かな時間ですが、そば切りの作業美と職人の筋肉美とのコラボレーションでお楽しみください」
「なにを見せられてるのよ、今」
「フ~フ~…ズルズル…ハフハフ…美味しい~!そばも美味しいけれど、お汁の味付けがチョ~最高。山菜やらキノコやらのお出汁に加え、鴨肉の脂が甘くてコクがあって…う~ん言うことナッシング。ときどき無性に食べたくなって、仕事もなにも手につかなくなるのが玉にキズ」
「ちょっと、カヲル」
「あのさ、とうじそばが美味しいのは判ったけど、少しフェアじゃなくない?」
「なにが?」
「いくら温かいそばに属するとはいえ、こんな鴨や山菜やキノコが贅沢に味わえるそばと、"もり" や "ざる" そばが釣り合えるとは思えないな」
「え~、そう?残念だな~」
・体を強くするそば
「では、次に紹介しますおそばは、食べてるうちに冬の寒さに負けない体を作っちゃう…」
「『すんきそば』だよ!」
「すんき?そばの上に乗ってるこの漬物のこと?これ…野沢菜?」
「マキ…」
「すんきですから‼」
「だからすんきってなんなのよ!」
「すんきはね、赤カブの葉っぱや茎を使った木曽地方に古くから伝わるお漬物で、なななんと塩を一切つかわない乳酸発酵食品なんだよ」
「ポリポリ…うー、こりゃ酸っぱいなー」
「ところがどっこい、このすんきを熱々のおそばと一緒にすると…」
「酸っぱ美味しい~!カツオ節が効いた出汁と、すんきの酸味がメチャメチャ合う。たとえ酸辣湯やトムヤムクンなんていう世界の強豪を向こうに回しても、決して引けを取らない極上の酸っぱ美味さ」
「あとね、すんきにはヨーグルトに匹敵するほどの乳酸菌が含まれていて、大学の教授によってアレルギー症状の改善や感染症予防にも効果があると確認されているんだよ。乳酸菌パワーの効果は、高血圧の予防、アトピーや花粉症の緩和、免疫賦活効果、寝てる間に英語がペラペラになる、宝くじが当たる、アイドルとつき合うことになった」
「ちょっと、カヲル」
「すんきそばが美味しくて、体に良いのは判ったけど、そばそっちのけですんきの話しかしてないじゃない。あと、後半の怪しいのは何なのよ」
「乳酸菌への願望だよ!」
「乳酸菌も背負いきれないわよ!」
「やっぱりフェアじゃないわね。そんな強力な乳酸菌そばに、ただの "もり" や "ざる" じゃ太刀打ちできっこないから」
「え~、そう?残念だな~」
・ホッと一息できるそば
「続きましては、冬の寒さがつらくとも、寒さこらえて待ってます、心の奥から温めてくれるそんなおそば…」
「『自由への扉そば』だよ!」
「自由への扉…?なんなのよ、それ」
「厄介な交渉や難しいプレゼン、規模の大きな研究発表なんかの出張を済ませ、思い返すとなんだか手応えあり。この後の予定は特になし。明日は休日。見上げると青空。ちょっと小腹が空いたな」
「フーン…」
「その時に食べる『駅の立ち食いそば』の温かさ、美味しさといったら」
「ほぼシチュエーションじゃない!! 」
「じゃあさ、こんなのはどう?」
「ちょっと、人の話し聞いてる?カヲル」
「冬の間はバイクに乗れないけれど、キャブ車に関しては月に一度くらいエンジンに火を入れて暖気するじゃん」
「そうなの?知らないけど」
「その暖気の間にお湯を入れて出来上がりを待ち、数分後にエンジンを止めた車両の横で食べる」
「チリトマの美味しさと言ったら」
「そばどこいった⁉」