あのゥ、寒い時期の "蕎麦" ってのは、けっこうなもんですな。
寒風のなか鼻水たらしてバイクで走っている時なんぞは、もう前世でなにか悪い事でもしたんじゃねえか?なんて思うくらいの苦行ですが
たまらず寄った店で、熱々の "かけ蕎麦" に七味をパラパラァと振りかけて、ふうふう吹きながら蕎麦ァすする時というのは、ああァ…南無三宝…生き返ったァ…とまあ、人生の至福の一つですな。
ところが不思議なもので、いくら寒くても つべたい "ざる蕎麦" を頼んじまう時もある。
それが手打ち蕎麦となりゃァなおのこと。
特に名店なんていわれている店となれば、ざる蕎麦だって食べたくなるのが人情というもの。『かけは "つゆ" を楽しみ、ざるは "蕎麦" を楽しむ』なんて仰る方もいるくらいで、そりゃァ両方頼めばいいんでしょうが、お腹にも懐にもあんまり優しくはありませんな。
待ってましたとざる蕎麦を前に、寒さでかじかんでるんだかバイクの振動で震えてるんだかわからない手で、蕎麦ァたぐっていざ口元にもっていくと、ふうふうなんて吹いちまう。ざる蕎麦、冷てえんですがね。やっぱり温けえのがいいなんて、まったく馬鹿な話で。
「そばァ…うゥ…い」
「おゥ。蕎麦屋さん。ざる蕎麦ひとつ、こしらえてくんねえ。寒いなァ」
「今年の暮は、大変お寒むうございます」
「どうでえ、商売は?なんだか海から渡ってきたコロナなんて野郎が、いつまでものさばってやがっていけねえな。しかたねえ、そのうちよくなるさ。商いといって、飽きずにやらなきゃいけねえぜ」
「親方、うまいことおっしゃいますな」
「おめえンとこの看板、いい景色だな、これァ。『そば七』ああ、"そばや七良右衛門" を縮めて "そば七" か。いい看板だなァ、ェえ?」
「縁起をかつぐわけじゃァねえが、七って数字はいいねェ。俺ァこれからパーラーにでかけて、てんでに椅子に座って、銀の玉ァ使ってね、こんなことしようってんだ。その前に七に出ッくわしたなんざァありがてえじゃねえか。これァジャンジャンバリバリ、七七七が揃いそうだぜ」
「いい店だねェ。世辞を言うわけじゃァねえが、この辺の蕎麦屋はみんなこんな雰囲気なのかい?座布団を二つに折って枕にして、横になって『探偵ナイトスクープ年忘れファン感謝祭2021』を視聴してえくらいだ」
「ポリポリ…これはなんだい?蕎麦を油で揚げた物?塩っ気も利いていて、うまいねェ。ちょっと前にポテトが販売中止になっていたマクドナルドも、今度そんな目にあったらこれェ出したらいいんじゃねえか。なァ」
「お待ちどおさまじゃァねえや、早えじゃねえか。蕎麦の前に頼んだ "そばがき" がこんなに早く出てくるなんて、気が利いているねェ」
「俺のよく行く店なんざァ、メニュー表のそばがきンとこに『店主の気力と体調次第で応じられない場合があります』なんて書いてあって、確かにコネコネする時ァ体力は使うだろうけどよ、もう少し頑張れよ。応援するから。俺のよく行く店ェ」
「そば七さん、おめえとはつきあいてえなァ。見てくれよ、蕎麦がピカピカしてらァ、なァ。うーん、いい蕎麦だ」
「蕎麦の付け合わせにジャガイモとは、珍しいねェ。小諸あたりは、よく食べるのかい?もしかして、ポテトが足りなくなったのは小諸のせい…なわけねえよなァ」
「そば七さん、おめえとはつきあいてえなァ。飯のかわりに蕎麦を食うんじゃァねえからねェ、蕎麦は細いほうがいい。太い蕎麦なんざァ食いたく…これァ太いねえ。写真じゃァよく伝わらないかもしれねェが、いつも食ってる蕎麦と同じつもりですすると上手くすすれねェくらいだぜ。こう蕎麦が…モチモチしてやがって…野郎…モグモグ…これはこれでうまいねえ。腰が強くって、香りも良くて、なんだか食った気がして、うんいい蕎麦だ。おめえとはつきあいてえなァ」
「蕎麦湯もトロトロで、濃厚だぜ。うまいッ!……もう一枚かわりと言いてえんだが、このあとジャンジャンバリバリが待ってんだ。すまねえ、一枚でまけといてくれ」
「結構でございます」
「太い蕎麦でうまかったぜ」
「令和三年もあとちょっとだな。あァ、いい年越し蕎麦になったぜ…なんだって?『細く長く』『今年一年の厄災を断ち切る』という意味を込めて、年越しには他の麺類より切れやすい蕎麦が選ばれているって?馬鹿言っちゃいけねえ。蕎麦は太くて丈夫に限る」