「連休もたけなわですけど、どこか行きました?荒川さん」
「どこって…ああ、所用で行ってきたのが...」
「ところで "たけなわ" ってなに⁉」
「僕も知らないよ。そうそう、伊那市に行ってきたよ」
「伊那か〜。いいですよね~。私も年イチはお邪魔してます」
「ほぉ、珍しいね。僕は仕事で行ったんだけど、カヲルくんはあの町に何か用事でもあるのかい?」
▲ようこそ伊那。レトロ伊那。
「伊那は最高ですよ〜。でもあんなトコに用事なんてあるワケないじゃないですか」
「褒めてるのか貶してるのかどっちなのかな」
「用事がなくとも行きたくなっちゃう、いや帰りたくなっちゃうのが"レトロの町"伊那なんですよね〜」
「レトロか…なるほど、そういえば街並みが古めかしいというか…年季が入っているというか…昭和チックというか」
「こーんな環境で暮らした事もないのに、どういうわけか懐かしい…なんだか郷愁に誘われる…お母さ〜ん!」
「そんな味噌のCM昔やってたけど、カヲルくんは世代じゃないでしょ」
▲異郷にあってノスタルジアにかられる
「ホントになんですかね、この自分でも窺い知ることが出来ない感情は。海外旅行中に知らない町の路地裏へ迷い込んだ時も、突然にこみ上がるこのノスタルジー。これは人間のDNAに組み込まれた風景なのでしょうか...」
「よくわからないなぁ」
「だからついつい町を散策しちゃう」
「飲み屋がやたら多い町だよね、伊那は。確かに面白い」
「荒川さん、あの看板はご覧になりました?私は伊那に行ったら必ず見に行くんですけど...」
「看板?」
「これこれ、アパート6畳15,000円の看板‼ 安すぎだろ!」
「安いけど、どんな物件なのか恐ろしいような...」
「8畳は18,000円って、6畳の立場はどないなるちゅーねん!」
「今度行ったら見てみるよ」
「荒川さん、アレ食べました?アレ。ローメン」
「ああ、食べたよ、ローメン。伊那の名物だからね」
▲B級グルメと言うべからず
「どうでした、お味は?」
「う~ん…正直いまひとつピンとこなかったかな」
「そうでしょうそうでしょう、余所者のトーシロはよくそう宣うんです」
「カヲルくんだって余所者だよね」
「さてローメンの外見はというとラーメンでもなく、焼きそばでもなく、ましてやミサウでもなく」
「ミサウって、マダガスカル共和国の麺料理を誰が知ってるんだい?」
「友人家のお母さんの創作...もとい郷土が生み出したオリジナル麺料理という出で立ち、それがローメンです!」
「わかったようなわからないような...」
「使用される麺は蒸した中太の中華麺」
「蒸した麺だったんだね。それであの不思議な食感だったのか」
「まだ冷蔵庫が一般的に普及していない時代に麺の保存方法として開発された蒸し麺が、今となってはローメンをローメンたらしめる個性、アイデンティティとなっているのです!」
「ああ、当時の人は苦労したんだ」
「でももう冷蔵庫があるんだから、普通の中華麺にすればいいのに。プププ…」
「寸前までたらしめるだのアイデンティティだの言っていたよね」
「具はキャベツとマトン。つまり羊のお肉」
「ちょっとクセがある肉だなと思っていたら、羊肉だったんだね」
「羊といえば、最古の記録では羊が日本にやって来たのは飛鳥時代なんですが、ひょっとしたらヤギだったのではないかとも言われてるんですって。干支の羊年は山羊年だったかも〜」
「唐突な羊の豆知識をありがとうね」
▲味の老舗『門・やません』
「流石は地元のソウルフードってところだね」
「名物ってわりと観光客ばかりにニーズがあって、実は地元の人はあまり口にしない事があるじゃないですか。でも以前に喫茶店で出くわした会合帰りのママさん達は半数以上がローメンを頼んでいたので、ガチのソウルフードという事をここに証明します」
「喫茶店とういのも、またレトロで趣があっていいね」
「荒川さん、ローメンのスープはいかがでした?ラー油や酢、ウスターソース等でカスタムしました?」
「スープ?そういえばスープ…あったかなぁ?」
▲昔はチャーローメンって云ったそう
「ああ、じゃあ焼きそば寄りのローメンだったんですね」
「焼きそば寄り?」
▲色んな意味で幻のローメン屋『虎頭(ことう)』
「ローメンにはスープに浸かったラーメン派と、スープのない焼きそば派がありましてね」
「同じローメンなのに調理方法が違うんだ」
「ローメンという名は肉とキャベツ、そして蒸し麺を用いた麺料理の総称と見た方がいいでしょう。魚や貝、海老やウニなど海の仲間たちを総称して魚介類と呼ぶみたいな」
「スケールを広げ過ぎて例えがよくわかんないよ」
「焼きそば寄りのローメンも美味しいですよね~」
「見た目は普通の焼きそばだけどね」
「ここ虎頭のローメンは、マトンではなく豚肉が入っています。店主曰く食べやすいように敢えて使用しているそうですが、マジ余計なお世話〜」
「いよいよ焼きそばになっちゃうからね」
「レトロな店内もお楽しみください」
「嫌いじゃないねぇ、この雰囲気」
「レトロな椅子の足はガタガタです」
「それは嫌だねぇ」
「というわけで伊那は名物のローメンだけでなく、レトロな町にも味があるのでしたー」
「フフフ、うまくまとめたね」
「そうそう荒川さん、あの看板はご覧になりました?昭和レトロをビンビンに感じるので、私、絶対に見に行くんですけど...」
「またかい?そんな素晴らしい看板があるんだ」
「この看板なんですけど」
「いいよいいよ見に行かなくて」