世間一般的に、長野といえば蕎麦が美味い県で通っていることだろう。
確かに、どんなに控え目に言っても信州蕎麦は激しく美味い。手打ちともなれば、どんな店で食べてもバチバチに美味い。厳選された食材に蕎麦職人の卓越した技術が施される、まさに食べる芸術品といえよう。
でも地味〜。
きのこやらわらび、たけのこなどを蕎麦にたっぷり乗せた、いわゆる山菜蕎麦は最高の一言だ。山の幸の旨味やえぐみ、独特の食感や風味は一口ごと新鮮な喜びを蕎麦と共に届けてくれる。
山国信州の山菜をふんだんに使った蕎麦を、是非とも本場で食べて貰いたいものである。
でもパンチに欠ける〜。
・蕎麦のスタンスを憂う
ラーメンやパスタなど、他の麺類に比べて渋い選択肢…というか若者やインバウンドで続々と訪日する外国人が、蕎麦を積極的に選び空腹を満たすとは到底思えない。
クッ…いったい…いったいどうすればいいんだ…GDPの大部分を蕎麦で賄っている長野県(個人的感想)として、これは憂虞すべき事案だ…
勝手に煩悶しながら、気がつけば信州蕎麦の登竜門である長野駅前を彷徨している私。
すると鼻腔をくすぐる鰹ダシの匂いが…そういえば世界各国の空港に降り立った際、その国の匂いがするという話を聞いた事がある。例えばインドはカレー、ブラジルはコーヒー、日本は醤油や魚の匂いと言った具合に。
やはり信州は蕎麦つゆの匂いなのか…
いや、なにやら匂いはこの地下から漂ってくる。
この先にあるものと言えば…
長野県の私鉄会社であり、「ひょっとすると運賃が日本一高いのでは説」や「首都圏の中古車両をどんどん集めてきては運用しているがただのコレクター疑惑」で有名な長野電鉄の長野駅だ。
地下に降り、辺りを見渡すと…
そば うどん『しなの』の看板が。
だがここ長野で、蕎麦ではなくうどんを食べるなどというクライシスは、不幸にも風邪を引いてしまい急ぎ体を暖める必要がある時くらいだろう(個人的感想)
駅で静かに電車を待つ、長野県民の大半はそう考えていて間違いないと思う(個人的感想)
とは言え、いくらうどんに対しポジショニングトークを展開したところで、蕎麦が身に纏う日本的詫びや寂び、質素さや閑寂さ、つまり地味はどうしようもない。
一体…一体どうしたらいいんだ…
しなのの暖簾をくぐり、溜息ひとつ。
カウンターに凭れ、メニュー表を目にした瞬間だった。
『チートロそば』550円
なんだこの蕎麦は!
・蕎麦界の異端か、革命か
よく見ると蕎麦界きっての風流者『月見蕎麦』や蕎麦の王様『天ぷら蕎麦』女王『山菜蕎麦』より値段が高くて、脳筋『肉蕎麦』と同価格だ。
この蕎麦なら…この『チートロそば』なら新時代の扉を開けてくれそうな…そんな気がする。
逸る気持ちを抑え、恐る恐る『チートロそば』を女将に注文する。
こんなに注文に緊張を強いられたのは、スターバックスキャラメルフラペチーノサイズはトールでを初めてオーダーした時以来かもしれない。
注文してからマッハで目の前に届けられた、これが『チートロそば』だ‼
月見よろしく生卵と、たっぷりのチーズが蕎麦に乗っている。
チートロとはつまり
こういうこと‼
・トロトロ
蕎麦のお汁で温められたチーズが、トロ~リしちゃうからチートロ!蕎麦を箸で手繰ると、否が応でもチーズが絡んでくるぞ!
ことのついでに生卵も崩して…こうしてみると、みんな大好きパスタ料理のカルボナーラを彷彿とさせるが、まったく似て非なるものだ。だってよく考えてみて。鰹節がふんだんに効いている蕎麦つゆなんだよ、一緒に混ぜるのが。
丼から卓上へと目をやると、蕎麦にはお馴染みの七味唐辛子の缶と共に、蕎麦屋では見慣れない黒胡椒の缶が置いてある。
なんて挑戦的な店なんだ…女将は後ろを向いているがこちらの動向を伺っているような気がする…やるかやられるか…
えーいままよ!
パッパッ!
黒胡椒を振りかけて完成‼
いただきま~す!
フーフー…ズルズル…モグモグ…美味し~い‼
・美味い
醤油と鰹ダシが効いている蕎麦つゆをまろやかに包み込む卵、トロ〜リチーズがコクを出し薬味のネギと黒胡椒がピリリと味を締める逸品。そりゃぁ蕎麦はくら寿司の特急レーンを走るお皿ばりの爆速で出てくる関係上、麺のコシというクオリティでは妥協をしなければならないけれど、十分に美味しい一杯となっております。
時々、いったい自分は何を食べているんだろうと思う瞬間もあるけれど、お汁まで飲み干すこと請け合い!
お腹が空いたらハンバーガーやピザ、チー牛だっていいけれど『チートロそば』だって、い〜い選択じゃない?