「あら、どーしたのよヤスさん、しょげた顔して」
「聞いてくれるかい、カヲルママ…」
「俺さ、管理職になったはいいけど、業務管理やら人間関係の構築やら…ホント悩みがつきなくてさ…」
「ヤスさん、器用じゃないからね。悩んでるんだ…ほら、まあ飲んで飲んで」
「うん、ありがと…グビグビ。…そうなんだよなァ、俺、不器用だから進学や就職とかさ、異動なんかで環境変化があるたびに、必ず気に病むタイプだし…ほら、人生のカーブを上手く曲がれないというか」
「コーナーを上手くさばけないのね」
「それでいて、組織にとって良い選択だと判っていたって、自分がこうと決めたらなかなか譲れない意固地なところもあってさ…そりゃ俺だって意識して取り組もうとは思ってるんだよ、好循環…グッドサイクルってやつ?」
「まあねェ、2サイクルも4サイクルも両方いいところあるから」
「でさ、まずは風通しのいい職場を目指そうと思って」
「水冷より空冷の方が情緒あるよね」
「率先して会社の潤滑油になろうと」
「冬はオイル硬めにしてる?」
「勉強してさ、フレームワークを活用して」
「クレードルフレームやダイヤモンドフレームもいいけど私はなんたってトラスフレームが」
「あの、カヲルママ…」
「冬に乗れないストレスが溜まってるのは判るけど、なんでもバイクに絡めるのよくないと思うんだ、俺」
「久しく乗ってないから、バイク…」
「ほら、ヤスさん、飲み足りないんじゃない?グッと、飲んで飲んで」
「う、うん…グビグビ…プハー。しかしママ、この店にはこの酒しかないの?」
「ウチにはこの純米吟醸酒『最低野郎』しかないわよ。どう?美味しいでしょ?」
「ま、まあ辛口でスッキリとした飲み口でいながら、ちゃんと米の滋味もある旨酒だけど…でもほら、日本酒といったら『久保田』とか『新政』とか、『獺祭』とか」
「聞かない名ねェ」
「そんなマイナーな地酒より、はい、『最低野郎』をドンドンやっちゃって」
「『最低野郎』よりはるかにメジャーだと思うんだけど…グビグビ」
「なんでも、この格好いいラベルの文字を書いた人は、高橋良輔っていう人みたいよ」
「高橋…ふ~ん、有名な人なのかな」
「さあ…たぶん武田双雲みたいな感じじゃない?」
「カヲルママも『最低野郎』どう?」
「あら?ウフフ、じゃあいただくわね。グビグビ…でも雪、また降ってきたみたい。ヤスさん、足元大丈夫?」
「長靴で歩いてきたから」
「よかった。なんたって10年に一度のアレだっていうじゃない、テレビで言ってたわよ。ほら、アレよアレ…」
「日本郵政公社がやっていた生命保険の」
「かんぽかな」
「早朝とか休日に、気晴らしや運動のために近所とか公園を歩く」
「散歩だね」
「お前んち、おっばけや~しき~!」
「勘太ね。となりのトトロの」
「松平け…」
「マツケンサンバ」
「寒波ね! ママ。10年に一度の寒波‼」
「そうそう、その寒波寒波!」
「ウフフ、やだわ~、ちょっと『最低野郎』飲みすぎちゃったみたい。少しほろ酔い加減…ほっぺがほんのりターレットレンズの精密照準の赤色に」
「ほんのり桜色ってのは聞いたことあるけど」
「ごちそうさん。じゃあ、勘定お願い」
「いつもありがと。今日はもう店仕舞いしようかな。はい、伝票」
「…あれ?ママ、少し高くない?」
「あらそう?さっきヤスさんが私に奢ってくれた分と…」
「これから一緒に行くラーメン代も入ってるから」
「うわー、ヒドイなー」
「ウフフ、私も『最低野郎』なんだから、覚悟してよね」
「ハハハ、まいったなー」