「ああっ⁉ な、なんでえ、こりゃあ!」
「こ、こいつァ事だぜ…」
「大変だ大変だァ!! ご隠居ーっ!」
「騒々しいな…あァ、カヲルじゃないか。なんだ、盛大にガソリンの臭いプンプンさせて」
「誰がアラブの石油王ですって?」
「言ってないよ、誰も。どうした?」
「いえね、ご隠居、ほかでもねェあっしのモトコンポなんですがね、この頃いやにガソリンが漏れやがるんで。でね、そいつが必ず燃料コックをONに捻った時って決まってる」
「ほ~、燃料コックがONの時」
「ONってなあ舶来語なんでしょうが、ひょっとして日本語で『漏らす』ってスラングも含まれているんじゃ…」
「そんなワケねえだろうよ」
「まァ、残念だがな、カヲルよ。日本開闢以来ガソリン漏れはモトコンポの持病と、もれなく相場は決まっていてな」
「もれなく…漏れてるのに」
「うるさいね、お前は」
「これ持病ですかい、ご隠居。するってェと、いわゆるお医者様でも草津の湯でも…」
「恋の病じゃねえぞ」
「なんだな、ここはひとつ、モトコンポのカウルを外してみなよ」
「へいっ。それでは内側からツメを押し込んでダンパーを外して…ボルト3本を抜いてカウルを外して…」
「フーン、古い車体のワリには中々状態がイイな」
「たしか40年くらい前に売ってたバイクと聞いてますが…そんな昔ァこちとら生まれてもいませんからね、まったく途方もねえ話で…進駐軍がチョコやガムを配ってた時分ですかねェ」
「進駐軍の "MP" は "MOTOCO・MPO" の略じゃねえぞ」
「だいたいなんだい、モトコ・ンポってなァ…こう尻の据わりが悪ィったら…」
「あのォ、ご隠居ォ、とっくにカウルは外れてますよォ。大丈夫ですかァ?なんだか一人でブツブツ言っちゃって」
「うるさいね。ああ、それじゃあ次は、コックに付いてるレバーを外すんだ」
「へい…ってあれ?引っ張っても…野郎ビクともしねえ」
「当り前だろう。レバーの裏から、固定しているRピンを抜くんだよ」
「Rピン?」
「ああ、これですかい。…よし抜けた…じゃあ次は左側にあるLピンを」
「ないよ、そんななァ。左右のLRじゃないんだから」
「よし。いいかいカヲル、今回のモトコンポのガソリン漏れは、十中八九この燃料コック内のパッキン劣化と、あたしは睨んでいる」
「あっしも睨んでいる」
「お前はいいんだよ、コックをそんなお不動さんみたいな顔で睨まなくても。でだ、モトコンポの燃料コックってのはな、ネジじゃなくリベットが使われていて、残念ながら分解して中を見ることが出来ない」
「へぇ…するってえと…」
「コック交換になるな」
「えぇぇ、全取っ替え⁉ このコックを捨てて⁉ そんな勿体ない…えェこの…SDGs!」
「お?こいつめ。難しい言葉を知っているな」
「サスティナブル!」
「おお、おお」
「チンダル現象!」
「さてはよく判ってねェな。まァ、ここは万事、あたしに任せな」
「さあ、コックを外す前に、タンクからガソリンをしっかり抜くんだ」
「へいっ。じゃあ早速コックをONにして」
「漏らして抜こうとするんじゃないよ。モトコンポのタンク容量はたったの2.2リットルだが、ガソリンを地面へ盛大に撒かれたら近所迷惑もいいとこだ。このチューブを使って抜くんだよ」
「あれ?ご隠居…えらくガソリン抜くのに要領がいいですねェ…こんなチューブなんか持ってて…」
「フルード交換に使ってるチューブだよ」
「え、あ、あァ…そうなんですか。へえェ…」
「それじゃァご隠居、一丁やってみますよ。いいんですかい?このチューブを使って、口でガソリンを吸って…ソ~ッと…闇夜にまぎれて…人に見つからないように」
「人に見つかったってイイじゃないか。口なんか使わず、そこの注射器を使いなよ。あとはサイフォンの原理でタンクに落とせばいいんだから」
「ご隠居…やっぱりガソリン抜くのに慣れてますねェ…こんな注射器まで所持していて…」
「これもフルード交換に使ってるヤツだよ」
「へえェ…ホントですかい…ご隠居、正直に仰って下さいよ。実は有名なガソリン泥棒かなんかじゃ…鼠小僧ならぬ鼠ジジイなんて」
「なんだい、鼠ジジイたあ。馬鹿だねェ、こいつは。だいたい盗むくらいなら、金を稼ぐ算段をするよ」
「よっと。外れましたぜ、コック。ご隠居ォ」
「よしよし、コックから外したホースの位置も、ちゃんと覚えておくんだぞ」
「へいっ。えーっと…1本2本…あ、ご隠居、いま何時になりますかね。3時?えェ、4本…」
「集中するんだよ、集中」
「おっ、これがまっさらの燃料コックですかい?ヨッ!待ってました!日本一!親玉!コックさん!」
「さん付けすると、別なモンになるな。さあ馬鹿言ってないで、しっかり取り付けるんだ」
「ありがとうござんす…って、あれ⁉ 新しいコックさんをよく見てみると、こいつァ…」
「リベットがネジになってる‼」
「ああ、その通りだ。よく気づいたな。どうだ、イイ感じに改造されてるだろう。これなら次にガソリンが漏れたって、コックを開けてパッキンを交換すれば事が足りる」
「でも…大丈夫ですかねェ?」
「なにがだよ」
「違法改造はご法度なんじゃ…」
「これぐらいがなんだよ」
「車検通らなかったら手が後ろに…」
「原付だろ、これ」
「改造したなら二段階右折しなくても…」
「するんだよ、原付なんだから」
「おっ、ご隠居、もう漏れねェ!漏れねェですぜ、ご隠居ォ。あァ、ありがてェありがてェ。流石ご隠居だ、漏れねェご隠居、漏れ隠居」
「あんまり漏れとあたしを混ぜるんじゃないよ」
「さあ、カヲル。走ってみな」
「へいっ。それじゃァまっぴら御免なすって」
「ズドドドドッ!バリバリバリッ!」
「そんな音がするバイクじゃないけどねぇ」
「縁起モンですから」
「なんだい縁起モンたァ」
「じゃ、ご隠居。その辺ひとっ走りしてきま~す」
「ああ、気をつけてな」