ラーメン。
たとえそれが、夢の中の出来事であろうと
思い出すのもおぞましい事がある。
まして、この身、この体に染みついたカプサイシンの臭いが
逃れられぬ過去を引き寄せる。
赤く塗られた過去を、見通せぬ明日を、切り開くのは力のみか。
海にまで出てもカヲルを待っていたのは、また地獄だった。
丸子の地獄4丁目を走り抜けた戦慄が、今、柏崎に蘇る。
旨味の末に行き着いた果てしない辛味への欲望と暴力。
人とラーメンとの戦争が生み出したソドムの店。
ここは柏崎『どさん娘 米山8号店』
地獄を見れば 心がかわく
看板と暖簾が発する、赤く巨大な引力が
柏崎界隈のきな臭い火種を吸い寄せる。
錯綜する "娘" の文字と "閻魔大王" のイラスト。
目に見えぬ無数の導火線に火が走る。
店に染みついたカプサイシンの臭いに惹かれて、危険な奴らが集まってくる。
牙を持たぬ者は生きてゆかれぬ欲望と秘密と暴力の店。
危険に向かうが本能か。
遥かな日本海の波間を走り、辛味という名の破壊の迷宮に曲折し、動乱の泥濘に揉まれてもなお、キラリと光る一筋の輝き。
奴らの眼は、まだ死んではいない。
それぞれの運命を担い、男たちが昂然と顔を上げる。
「カレーラーメン¥ 」「バター入ラーメン¥ 」「塩ラーメン¥ 」
かつての値段が消えた看板たち。店を守る熱い思いを熱いスープにひた隠し、数多の戦いをくぐり抜けたラーメンたちの、まるで墓標。
客という名のカリギュラたちの、ギラつく欲望に晒されて、テーブルに引き出される柏崎の拳闘士。
ここはコロッセロ。
魂なきラーメンたちが、ただ己の生存を賭けて激突する。
当店おすすめ『地獄ミソラーメン』
忌まわしくも懐かしい、あの匂い、あの色が蘇る。
手繰り手繰られ、相寄る運命。
だが、この運命は何のために。
さだめとあれば 心をきめる
炎熱の柏崎に第2幕が開く。
まずは『1丁目ミソラーメン』(快適な辛さ)
快適という名の愛。しかし
愛の究極に、憎しみの究極に、ともに潜むのは殺意。
完全なる殺意は、もはや感情ではなく、冷徹なる意志。
それでは、米山8号店に潜みしものは、愛か、増悪か。
『3丁目ミソラーメン』(激辛)が姿を見せる。
赤、赤、赤。炎熱のジャングルが、狂気をはらむ。
それぞれの望み、それぞれの運命。
せめぎ合う欲望と、絡み合う縁。
こわばった指が、朱のレンゲが、赤いスープを口に運び、「ズズズ…」虚しい音を立てたとき
むせる
皮肉にも生の充足が魂を震わせ肉体に溢れる。
そして中央にそそり立つ、情無用、命無用の鷹の爪。
その爪が、秘密の扉をこじ開ける。
口中から吹き出る炎の向こうに待ち受ける、ゆらめく影は何だ。
ささやかな望み、芽生えた愛、絆、健気な野心、老いも若きも、男も女も、昨日も明日も呑み込んで、激辛、炎、炎。
この危険な遊戯が、これこそがこの世に似合うのか。
人は、地獄ラーメンに何を求める。
ある者は、ただその日の糧のためにオーダーをする。
ある者は、理想のために己の手を赤いスープで染める。
またある者は、実りなき野心のために、辛みと痛みにまみれる。
静かにマスクをつける。
戦いは あきたのさ
そっとしておいてくれ
明日につながる 今日くらい
昨日も、今日も、明日も、アルコール消毒の噴霧に閉ざされて見えない。
だからこそ、切れぬ絆を求めて、褪せぬ愛を信じて求めて。
辛味への果てなき旅、次の地獄を、激辛を、愛を求め暗闇を彷徨う。
目の前に線路は続いている。
次回「スターバックス ハニーホイップ フラペチーノ」
変わらぬ愛などあるのか。