前回のあらすじ!
晩秋の木曽路に飄然と現れたバイク2台。
早朝の冷気のなか「エンジンが喜んでるぜ!」と強がる空冷二人連れだが、空腹には勝てず「腹減って力(リキ)入らねぇ…」と早くも意気消沈。
木曽街道の名所『食堂SS』でホカホカの朝食を取り、二人は元気と勇気、そして笑顔を取り戻した。
さあ、次はなんだ。
次はドコ行こう!
「ドコ行こう!…なんて言ったところで、帰路につくだけなんですけどね…」
"CB750と書いて愛妻号" こと荒川さんは、隋の文帝とオンライン飲み会をしたら奥様について朝まで語り合い寝落ちしてしまう程の恐妻家で知られますが、今日のツーリングだって暖炉用の薪割りを厳命する奥様に「午前中に必ず帰るから」と約束をして、脱しゅ…出発してきたと聞いています。そろそろ帰らないと…薪を割らないと…租庸調…
「さて、体に兵糧も入れたことだし…木曽福島までつき合って貰おうかな」
「⁉」
正気ですか、荒川さん⁉ そんな…ちょ…大丈夫なの⁉ シールド越しに見える顔には死相が浮かんでいるような…決死の覚悟なの⁉
ああ、もうエンジンを始動しています。
ええい、ままよ。出発です!
・中山道木曽谷の中心部
木曽福島に到着しましたー!町営駐車場に停めさせて頂いてと。
「ク~、やっぱり木曽路をバイクで流すのは最高ですねぇ」
「まったくだね。気分も晴れ晴れさ」
「晴れ晴れ…荒川さん、その…正直に言ってください。本当は鬱鬱なんでしょ?もしくは陰陰で、それとも滅滅で、はたまたで昏昏で、そうかと思えば朦朦…」
「いったい何のことだい?」
「家で待っている奥様のコトですよ。こっちはもう心配で心配で、気が気じゃ…『クマ出没』…今はそれどころじゃないんですよ!」
「それどころだよ。怒られるよ、木曽町の人に」
「妻には帰宅が昼過ぎになるって連絡をしておいたから、安心して」
「ホッ。それならそうと早く言ってくださいよ~。も~、この全身レザーオヤジ…ん?ちょっと荒川さん、何をボサッとしてるんですか。クマが居ないか周囲の警戒を怠らないで!」
「あれ?『ハイアース』のホーロー看板じゃないですか。製造年は1970年代と言われていますね。ここの看板は楕円ですが、楕円形型は二種類あるんですって。他にも長方形や突き出し型、笑顔のレアバージョンもあってですね…」
「ずいぶん詳しいねぇ」
「で、この方は、誰?」
「そこは詳しくないんだねぇ。歌手の "水原 弘" さんだよ」
「ああ、あの第一回日本レコード大賞受賞者の」
「そういのは詳しいんだねぇ。さあ、着いたよ。ここに来たかったのさ」
「ここは…酒蔵?」
・全国新酒鑑評会「金賞」木曽の地酒
「木曽谷で慶応元年から続く『中善酒造店』さんだよ」
「木曽の地酒ですか。イイですね~…"ちゅうじょうさん" …」
「"中乗(なかのり)さん" だね。ここで造られる清酒の銘柄だよ」
「中乗さんというのはだね、木曽の民謡「木曽節」に出てくる人物のことさ」
「人の名前なんだ」
「木曽谷は95%が山林でね、檜やサワラなどの良質な木材の産出地として有名で、古くから林業が盛んな土地なんだよ。伐り出した木材は遠路はるばる尾張、今の愛知県辺りまで運ばれるのだけど」
「陸送は大変ですよ」
「そこで木材を小さい筏に組んで木曽川に流すことになる。ところが川幅は狭く、おまけに流れが速い。しぶきを上げる川波や岩などは避けなければいけないよね」
「デンジャラース!」
「その不安定な筏の真ん中に乗り、流送を操った人を "中乗さん" と呼んだのさ」
「それはスゴい!だから木曽の方々は今でも中乗さんに、羨望と敬愛の念を抱いているのですね。それにちょっとオチャメのようだし」
「オチャメ?」
「店内には様々な中乗さんがあるね。さて、熱燗に合うのはどれかな。すいません、ご店主。よろしいですか?」
「チョッとでも気を抜くことの出来ないお仕事ですから、きっとクタクタで夜はスヤスヤの爆睡でしょう。そりゃあ寝坊だってしちゃいますよ…ドンマイ」
「寝坊?」
「なるほど、この『辛口本醸造』が熱燗にピッタリなんですね。ご説明ありがとうございました。これをいただきます」
「木曽のお酒は旨酒ですからね。これは朝だって飲みたくなるに決まってる…う~ん、わかるわかる」
「…」
「あ、袋は結構です。いやぁ、口にするのが楽しみですよ。また来ます」
「そりゃぁ冷たい川の水をジャブジャブ浴びるんだから、朝からお風呂に入って温まりたい時だってありますよ…旅行けば~♬ 」
「あの…カヲルくん。中乗さんに対してだと思うけど、何をさっきから若干ディスり気味の独り言を…」
「え?だって」
「"朝寝" "朝酒" "朝湯" が大好きで、身上つぶしちゃうんでしょ?中乗さん」
「それは『小原庄助さん』ね」