迫りくる蹄の音
謙信よ
お前なのか
お様の顔もこわいけど、乗ってる馬の顔もこえーっ!
乗ってた馬、"放生(ほうしょう)" って名前なのか。ホントか?黒王号ってんじゃないのか?
武田上杉両軍合わせ、三万余の兵が揉み合う戦場の中、目と目で通じ合うオレとお前。二人の間は真空状態。一騎討だ!
電光石火の速度で遠慮もへったくれもなく三回も切りつけてきたお前の刀を、ハッシと軍配で受け止めたオレ。どうだ謙信め、恐れ入ったか!
ちょっと腕と肩から血が出てるけど…
実は、あんまり慌てたんで、刀じゃなく軍配を使ってしまったんだが…これは他言無用だぞ。武田家のトップシークレットだからな!
ほら、よくあるだろ。大きな地震に驚き慌てて外に飛び出したら、なぜかプレステのコントローラーだけ握りしめていたとか。あれだ。
あ、どうも。武田信玄です。
ここはオレと謙信が、他人の土地で何度も激闘を繰り広げている信州は "川中島" だ。
その戦っぷりと懲りなさっぷりは日の本中に響き渡り、全国から物見遊山に人が集まる観光地となっているぞ。
顔出しパネルもあるな。
誰しも一度はなってみたいもんな、戦国大名に。わかるわかる。フフフ、どれどれ…右から謙信と…オレと…誰っ⁉
なにヤツだ‼ 命がけの戦場にこのひょうきんな2頭身キャラは!ふざけおって。信廉か⁉
甲越直戦の地だが、公園になっているぞ。
のんびり羽を伸ばしてるな、信州の連中め。
なんだか色々あって大変だもんな、世の中。
そんな時は温泉にゆっくり浸かるに限る。
たぶん戦国大名で一番、温泉好きなんじゃないかな、オレ。"隠し湯" だっていっぱい所有してるし。星野リゾートだって目じゃないからな。
ちょっと温泉行くか。昌豊、馬を引け。
お、高坂。暑い中、甲冑姿で出迎えご苦労。
そんな猿顔だったっけ、お前。
渋温泉に数多ある宿屋全てが、なんと100%源泉かけ流し!
源泉の本数が37か所というから、その湯量の豊富さが窺い知れるだろう。滔々と湧き出る温泉は、オレの尽きない野心のようだな。グハハハッ!
おまけに源泉によって各々泉質と効能が違うんだから、バラエティ豊か過ぎるだろ!まるで我が "武田二十四将" のような個性の集まりだ。
外湯も9ヵ所あって、"九湯めぐり" も楽しめるぞ。
ただ、源泉が高温なのでお湯は熱めのアッチッチだ。心しろよ!
お土産屋もたくさんあって楽しいな。
ここの温泉饅頭は、機会があったら食べてみてくれ。ガチで美味いぞ。
「射的」…なんだ、流鏑馬のことか?鉄砲?ああ、興味はあるが、高価なんだよなぁ…火縄銃。金山いくらあったって足りやしないから。
「スマートボール」…投石のことか?投石隊ならウチの小山田が300人くらい率いているな。投げるの上手いヤツはレーザービームって実況されているぞ。川中島で一戦交えたあとは、渋温泉で体を休めるのが楽しみなんだ。なんならここの温泉に入るために、しょっちゅう川中島で戦ってると言ってもいい。謙信のヤツ、聞いたらビックリするだろうよ。グハハハッ!
曹洞宗『横湯山温泉寺』だ。名前がたまらないな!
温泉好き大名代表としては黙っちゃいられない。思わず寺領70貫文を寄進したぞ。あと軍配もあげたっけな。
武田家の家紋、我が "武田菱" を寺紋に掲げてくれているな。寄進してよかった。
あったなぁ「かま風呂」
みんなで傷を治しに来たっけ。
いわゆる蒸し風呂なんだけど、温度ちょっとぬる目設定なんだよな。美容…ダイエット効果…馬鹿を言うなっ。戦で手負いの気が荒い連中にそんなものは不要ぞ!ちょっと鏡を見せろ……これが私?綺麗…
残念ながら現在は休業中だ。
近くに『地獄谷野猿公苑』があるくらいだから、日本猿が街に頻繁に出没するんだよな。
猿除けの鉄条網だ。いうなれば "猿返し" か。
「猿が入らないように閉めてあります」
という張り紙をして、扉をピシャと閉めている土産屋も多いからな。こうなっては猿も黙って去るしかないな。なんて。プププ…おい高坂、笑うところだぞ。
猿どもが上から狙ってはいないだろうな…
なんて上を見て歩いていたら、なにやら小路に迷い込んでしまったぞ。
ええっとこっちか…
いや、こっちじゃないか…
しかしまぁ…
迷宮だな、ここは。闇雲に歩き回ったら、そう簡単に出ては来れないぞ。
まるで
「迂闊に飛び込めば、全滅すること必至よ!」
でお馴染み三国志の "八門金鎖の陣" みたいだな…または
「2人入って出るのは1人」
で一世風靡したマッドマックス/サンダードームとでもいうべきか…
これは危険だ!
退却、退却!
高坂、大きな通りまで案内せい!えーい、急げ急げ。
なんとか通りに出たな…ふ~
…フフフ、さすがは我が武田四天王の一人、高坂昌信よ。「逃げ弾正」の名は伊達じゃない。今回の撤退戦でも手柄を立てたな。
安心したら腹が減ったぞ。
ん?味の店『来来軒』とな。い~い感じの店構えだな…
ここにしよう!
ガラガラー
邪魔をするぞ。女将、今日も暑いな。
90代の女将が一人で切り盛りしているとな?うーん、それは立派だな。
えーいっ、高坂、なにをしている。お冷を運ぶのを手伝わんか!
奥で作っているな。
楽しみだなー。窓からの風と団扇で涼を取りながら、気長に待たせて貰うぞ!
パタパタ
来た来たー! "マーボーラーメン" だ。
ズルズル…アチアチ…モグモグ…これは美味だな!しかし、豆腐一丁くらい入っているんじゃないか?すごいボリュームだ。
こっちは普通の "ラーメン" だ。このフォルム、これぞTHE・ラーメンだな。
ズルズル…体だけじゃなくなんだか心にも沁みるな。紅く縁取られたチャーシューも…これはいいなぁ。
たいへん馳走になったな、女将。この店にも寄進状を授けるぞ。グワハハッ!
ふー、食った食った。
汗もかいたし、外湯で一っ風呂浴びるとしよう。
外湯は全てオートロックで施錠されている。宿泊した宿で9ヵ所共通のカギを渡されるので、それを使えば大手を振って入湯できるぞ。
…
おーい、高坂。宿に忘れたカギ取りに行ってくれー!