「オラオラオラオラ…」
「おやっさんの部屋から何か声が…おやっさん、おやっさん、少しよろしいですか?」
「オラッ‼…なんやワレ、サブやないか。ずいぶん久しぶりじゃあねえか」
「へえ…また最近おやっさんの姿を見ないんで、様子を見てこいと叔父貴からのいいつけでして」
「最近は雨ばっかりやからな…センチメートルにもなるちゅうもんや…」
「それを言うならセンチメンタルで」
「まるでここ長野も、梅雨に入ったみたいじゃあねえか」
「…あの…おやっさん…その口調は」
「サブ…お前、コロナの影響で最近テレビじゃ再放送ラッシュだから、キムタク主演の 『エンジン』も再放送しろと熱望しすぎてワシが頭バグったとでも思たんか。いま、ワシ、なにしてるように見える。え?」
「へ…へぇ…」
「TVアニメ『ジョジョの奇妙な冒険』を観て "勇気" と "友情" と "人間賛歌" を学んでるんとちがうんか‼ えっ?オラオラオラーッ!」
「は…はいっ…。えらいすんまへんっ!」
「しかしほんま、承太郎は最高やな」
「…観てるの第二部…画面はシュトロハイムですやん…」
「で、なんや。このお上品なお弁当は?」
「へぇ、途中で買うてきました」
「『THE SAIHOKUKAN HOTEL』の中にある『Delica鉄扇』の弁当です」
「流行りのテイクオフやな」
「テイクアウトね」
「『犀北館』ちゅうたらお前」
「明治23年創業の老舗ホテルや。皇族や政府要人もよく利用するな。あの長野オリンピック委員会サマランチ会長はんも泊まったという名ホテルや」
「結婚式なんかでも、たまにお呼ばれされます」
「毎度なんや緊張して、参列するとお尻の辺りがムズムズしちゃう、ワシ」
「サブ、お前も早よこういう所で式を挙げられるように気張らんかい。その時は新郎側の代表でスピーチしたる。得意なんや、ワシ」
「おやっさん…グス…あ、ありがとうござ…」
「え~…ホ、ホンジュラスお日柄もよく~」
「遠慮しときますわ」
「モグモグ…美味いやないけ。肉やら魚やら、季節の野菜も彩よく入っていて、味つけも上品や。フキもよく炊けたある。この天ぷらは…山菜やな」
「まだ、山の方じゃ採れるんですな。勝手に自然とニョキニョキ生えてくるもんなのに、新鮮な山菜はほんま贅沢品ですわ」
「…サブ、ワシ、もっと山菜食べたい。山に行きたい」
「ま、またでっか、急に。さっきまでセンチメートルや言うてはりましたけど…」
「やって来たぜエジプト…もとい "栄村" じゃあねえか。オラオラーッ!」
「長野県最北端の村ですよって、まだまだ山菜も採れるんですなぁ。村の93%ちかくが山林やいうんですから、宝の山ですわ」
「あの橋を渡れば新潟県でんな。しかしおやっさん。山はやっぱり空気がええですねえ。命の洗濯ができますわ」
「お前ちょっと臭うからな」
「うさん臭いのはお互い様でっしゃろ」
「世情が少し落ち着いたとはいえ、県をまたいでの移動はなんかドキドキするな。謎のアタッシュケースを持って指定の波止場に向かう時みたいにソワソワするわ…」
「なんちゅうシノギしてはるんですか」
「あの看板の新潟名物 "トキ" の眼を見てみい…完全にイっている…最高に『ハイ!』ってやつだ。あれは何人か殺っているプロの眼やぞ。クッ…今日んところは引き上げや!」
「そら、もともと栄村に用があったんですからねぇ」
「ボリビア…」
「"森宮野原" ですな。栄村の主要駅ですわ」
「一日の平均乗者数は50人もないちゅう話ですわ。こら、お寂しいかぎりで」
「オイ。こういう時は励ますもんだぜ」
「へ…へえ…。えらいすんまへんっ!」
「俺は好きだぜ」
「ホームに遮断機があるのも」
「ほ、ほんまでんな」
「遮断機を通らなくても渡れそうなのも」
「お止めください~」
「駅員さんがどこかに行っちゃってるのも」
「のどかでんなぁ」
「"はいこんちょ" も」
「な、なんでっか?」
「"日本最高積雪地点" なのもな」
「積雪7.85メートルって…えぐうおまっせ」
「だが…クッ…こいつはキツイぜ…」
ゴゴゴゴ…
「こ、この時刻表は…長野行きの電車は一日に…わずか8本…そんな…」
ゴゴゴゴゴ…
「マズイぜ…どうする…帰るチャンスは限られている…野郎…」
「今日は電車じゃないがな」
「なんやねん」
「さ、おやっさん。この辺で一休みしましょ。『南アルプス PEAKER ビターエナジー』を用意しましたよって、ク~ッやってください。ほんまよく効くんですわ。"最後まで落ちない、ビターエナジードリンク" なんちゅうて…」
「よく効く…おんどれ、サブ!このガキャ、あれほど言うたのにまた薬を…」
「ちがいますがな。エナジードリンクですんで」
「冗談や冗談。これはパッケージリニューアル前の "黒" バージョンやな。黒は好っきや。ワシらみたいな裏社会に生き、明日をも知れぬ命知らずのアウトローにはピッタリの色よ。なじむ…実になじむぞ。黒豆、黒酢、黒ウーロン茶…」
「健康気にしてますやん、めちゃめちゃ」
「『道の駅 信越さかえ』で山菜を購入や」
「山に勝手に入っての山菜取りはあきまへんで」
「そういえば、サブ。昔、荒川の兄貴とツーリングに来た時もあってなぁ…懐かしいわ…」
「ん?…この横に停まっている原付は…まさか…野郎…」
ゴゴゴゴ…
「DIO!」
「JOGですがな」
「オラオラオラー!! 山菜じゃあ~っ!香り豊かな "こしあぶら" と… "山ぶどうの芽" ?」
「少し甘酸っぱくて、フルーティーな味わいだそうですわ。天ぷらで食べても美味しいそうでっせ。よかったですな」
「こ~ら美味そうや。ほんま、山の幸は最高やな。サブ…ありがとうな」
「おやっさん…」
「でもソフトクリームが最高や!」
「やれやれだぜ。どうもありがとうございました~」