セイッ!セイッ!セイッ!セイッ!(大鍋で煮た小豆にしゃもじを入れる掛け声)
ここは信州はどら焼山。どら焼きの聖地でございます。
山の麓の寺には『どら焼山』という高僧がおり、"どら焼き道" をあまねく世に広めようと説き続け、いつしかその場所がどら焼山と呼ばれるようになったのでございます。
その徳の高いこと近在に知れ渡り、修行僧から小僧まで弟子も数多集まり、今日も今日とて厳しい修業の声が山に響いております。
どら焼山『小倉あん』上人です。
ご自身も厳しい修行をなさいますが、弟子たちにそれを強いることもなく、自然とみなその薫陶を受け自ら精進するという徳の高さでございます。
エイッ!エイッ!エイッ!エイッ!(焼いたどら焼きの生地をひっくり返す掛け声)
「これ豆暦…豆暦はおるか?」
「はい、お師匠さま。お呼びでございますか」
呼ばれましたのは『豆暦(まめこよみ)』という名の若者。
数多いる弟子たちの中では下から数えた方が早い、まだ紅顔の少年。
中秋の折には観月にちなんで自身に兎の化粧を施すなど遊び心を残しながらも、真面目に修業に取り組むその姿を、戒律に厳しい師も目を細めながら優しく見守っていられます。
使う材料は全て国産。小麦は地元である信州産を用いるなど、志高いこの若者を師をはじめ、周囲も愛でずにはいられないのでございました。
ヤーッ!ヤーッ!ヤーッ!ヤーッ!(あんこを生地に乗せる掛け声)
「豆暦よ。山には慣れたかの」
「はい、お師匠さま。山の皆さまはとても良くしてくれます」
「そうかそうか」
「自分も早くお師匠さまのような、まっすぐなどら焼きになれればと思います」
「今のおぬしは、まさに王道のどら焼きを行く。いうなればオールマイティじゃ。いにしえのカプコンのベルトスクロールアクションゲーム、『キャディラックス』の "ジャック・テンレック" みたいなものといえよう」
「…お師匠さまの教えは難しく、よくわからない時があります」
「じゃが、それだけでは物足りぬもの…。豆暦よ。山の裏に住むわたしの弟のもとで、少し過ごしてみるといい。『キャディラックス』の "ムスタファ・カイロ" のようなダッシュで行くのじゃ」
「ムスタファ…わ、わかりました!わからないけど」
豆暦が向かいましたどら焼山の裏にも寺があり、その構えは宏壮にして豪宕。
表の寺とは違い、山門を自由に鳥や獣たちも行き来し、境内でのんびりと寛いでいるものまでいる始末。じつに自由な風情が漂ってございます。
本堂に入ると、御本尊である武蔵坊弁慶の前に毬栗頭の僧が寝転んでいます。
「あの…もし。…もし」
返事がない。ただのしかば…ではなく、午睡をしている様子です。
その呑気な寝顔に、起こすに忍びなくなり豆暦は起きるのを待つことにしました。
日もそろそろ傾きかけたころ
「足を崩せばよいものを。痺れはしなんだか?」
突然声をかけられて豆暦はビックリ仰天。よく見ると、寝ている毬栗頭が片目を開けて、こちらに歯を見せ笑っています。
「初めてお目に掛かります。小倉あん上人よりご紹介を受けて…」
「委細わかっておる」
どら焼山『栗粒あん』上人です。
知る人ぞ知る。その栗餡と刻んだ栗が生み出すグラデーションは立体的で、巷ではすでに天下の名僧と呼ばれ始めている人物でございます。
「栗あん…」
「フフフ、どうした豆暦よ。『小豆あん以外は邪道』顔にそう出ているぞ」
「⁉…そんな滅相もございません」
「フフン、まあよい。今宵はゆっくりするがよかろう。寝床はあの塔じゃ。明日は順次、塔を登ってみるがよい」
本堂の隣にそびえ立つ五重塔。その一階の片隅で、豆暦は小さく丸まります。
「師はなぜ私をこの場所に…何ゆえに…」
考えれば考えるほど思索は堂々巡り、思考回路はショート寸前。可哀想に豆暦、一晩まんじりもせず…
ZZZ…どうやら寝てしまったようです。
翌朝、上人の教えに従いさっそく塔の二階に登ります。
すると巨漢の男が仁王立ちし、通せんぼをしています。
「オレは『満福』だ。おいチビ助、オレの腹を力いっぱい打ってみろ」
急にそう言われ、豆暦は躊躇しながらも、近くにあったバールのようなもので満腹のお腹にフルスイングを入れてみました。
「ウ…なぜ素手で打たん…まあいい…グフフフ、まるで撫でられたようなもんだぞ」
そのバールから伝わる密度の高い感触に、豆暦はビックリ仰天。
「おいチビ助、この腹には何が詰まっていると思う?」
「え?…それは、『沢山のあんこ』が…」
「違うぞ」
「ここには人の欲望が詰まっている」
「欲望⁉そんな…他に言い方が」
「ならば問う。"欲望 "と、人が言う "夢" との違いはなんだ?」
「えっ」
「さらに問う。キサマにはその有象無象の夢に応えることが出来る力はあるのか?」
「それは…」
豆暦は答えられず、バールのようなものをそっと床に置き、満腹に頭を下げて三階に登ります。
三階は、床がまるで鏡面のように油脂でツヤツヤとしています。
その中央で、綺麗に口ひげをたくわえた優男が、高々と足を組み椅子に座っております。
「はじめまして。『東洋堂』と申します。ごきげんいかが?」
「『あんばた』…どら焼きにバター?」
「いかがしました?」
「バターが…それも…スゴイ量だ。あんこと同量…いや、それ以上に入っているかも。そしてあっさりとしたあんこと、こってりとしたバターが合わさり…これはまるで鬩ぎ合う二重奏。でも、実はバターじゃなくてソフトマーガリンだけど」
「なにかいらない事を仰ったような気もしますが、まあよいでしょう。あなたは自分を活かすには、どう他者とつき合ったらいいか、協力したらよいか考えたことはありますか?」
「えっ」
「さらに問います。自分は他者にとって、どんな影響があるのか。どうやって力になれるのか追及したことはありますか?」
「それは…」
豆暦は答えられず、ツルツルした床で何回も転倒しながら、東洋堂に頭を下げて四階に登ります。
四階はまるで果樹園のように木々が林立しています。
その茂った枝をかき分けて、リンゴのかぶり物を被った緑色のクマのような男が現れました。
「よう、オラは『たわわ』だぞ。よろしくな」
「『りんごどら焼き』…まさか」
「小豆を使ったあんこではなく、信州産のりんご餡…酸味と甘い生地が合わさって、これはまるで高原に居るような爽やかさが口中を吹き抜ける。でも、加えているレモン果汁はイタリア産だけど」
「なんか余計なこと言ったような気もするけんど、まあいいだ。おめえは今いる土地のこと思って生活してるだか?」
「もちろん、地元の食材を使って…」
「それも大切だが、仕事以外でも、住んでる土地の良い所をちゃんと見てるだか?魅力は言えるだか?」
「えっ」
「さらに言えば、名物になって地元の力になるくらいの気持ちはあるだか?あーん?」
豆暦は答えられず、歯をギュッと噛みしめて、枝に生っていたリンゴも齧りましたので歯ぐきから血を流しながら、たわわに頭を下げて5階に登ります。
「マ…マヨ?」
豆暦は今までにない違和感に襲われました。
「グッフッフッフッ…ハッハッハッハッ…ハーッハッハッハッ!」
「⁉」
バルコニーの上から、肩に鋲の付いた革ジャンを羽織り、SGマークの付いていないヘルメットを被った男が高笑いをしています。
「来おったな、ケン…いや、小僧。おれ様が『玉喜屋』だ。だが、ひとはおれ様のことを別の名で呼ぶ」
「それはいったい…」
「おいお前!おれの名をいってみろ‼」
「え…えっと…あの…」
「そうだ、『マヨどらバーガー』様よ!」
「マヨ…まさか」
「そうだ、そのまさかだ。あんこなんか知ったこっちゃねぇ。マヨネーズ羊羹を、さらにマヨネーズを塗たくった生地で挟んだのよ!ざまあねえぜ。あんこの時代は終わった。これからはおれ様の時代だ!」
「なんてことを…」
「勝てばいいんだ。何を使おうが、勝ち残ればな」
「えっ」
「常識を疑うんだ。どら焼きの概念の向こう側にブレーク・オン・スルー・トゥ・ジ・アダー・サイドするんだよ。そこから生まれるモノこそ本物だ。師の教えってのはな、守って、破って、離れるモンなんだよ。オイオイオイ!」
それにしたってやり過ぎだ。
そう思う豆暦でしたが、突然目の前の世界が開き、眩しく輝きだしたかのような感覚に襲われ、その場に倒れ伏してしまったのでした。
それから数年後、豆暦は信州を代表するどら焼きとなるのでございますが、それは後日の話。
本日はこれまでといたしましょう。
次回『燃えよドラヤキ』
「鈍く黒光りするアンコ。裏世界のドラヤキ三人衆登場!裏ドラ暗刻っちゃいました」
どうそお楽しみに。